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旧煉瓦工場続・旧煉瓦工場旧煉瓦工場その3誠之堂・清風亭レンガ塀の刻印
20070914 

続・煉瓦工場跡地



前回より約一ヶ月、事務所ももうすでにないのかと思い
再び煉瓦工場跡地へ足を運んでみた。
結果としては案の定事務所もすっかりその姿を消しさり、
それだけでなしに一部の塀と運動場もすでになくなっていた。
施工業者のプレハブ仮設事務所が移動していたり、
一部の地面が掘り返されていたりと他の変化もあった。

逆行でわかりずらいが右の写真は国指定重文のホフマン輪窯。
いまや煉瓦工場らしさを遺す唯一の建物といえる。
他に構内で残された施設は、同じく重文の旧事務所、旧変電室と
神社のみとなっていた。


 
左:左はホフマン輪窯。右が仮設事務所。いまでは素直に輪窯がみえているが、
以前は植え込みか塀があって外からは見えずらい状態になっていた。
右:正門。以前は左奥にあった事務所はもうすでになくなっていた。


 
左:写真旧事務所裏手。裏口が開いたままとなってしまっている。
廃線当時よりいまだに旧専用線のレールも残されたままとなっている。
右:左は旧事務所、右には旧変電室。本来はこの視界の前には
小さい施設と生産されたレンガの仮置き場があった。
施設のほうは過去に入った事があるが、研究室だかはっきりしないが
特別な用途のための建物だったようで、あまり立ち入りは無かったようだ。


 
左:工場北側を遮るレンガ塀。手前のひび割れ(写真ではわかりずらいが実際には完全に割れている)が
なんだかいっそうの寂しさを感じさせる。奥の建物は旧変電室。
右:旧裏門のようなもの。専用線があった頃に使われていたのだろうか?
廃業となるずっと前からこの状態のままで、今だから草むしているというわけでもない。
サイズ的には小さいものの、これで整備されていればけっこう立派な感じ。



左:レンガ塀周辺を引きで撮ってみた。左に旧事務所、右の煙突は輪窯。
裏門のあたりに植物が茂っているが、他の建物・施設がまったくなくなっているので
やけにこざっぱりした感じとなった。
右:同じ箇所から東側を望む。こちらも、建物などがなくなっておりやけにすっきり。
構内にあるのは重機くらいだ。


明治期の日本産業の礎となり、地元も支えてきたシンボル的な工場も
いまや完全に過去のものとなった。
今後にこの広い敷地や重要文化財がどうなるのかが気になる。

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