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会津旅行編7月18日


7時55分:喜多の郷
遅めの起床。
夜はもっと冷えるかとも思ったが、そんなことはなくただただ涼しく過ごすことが出来た。
テントで足や背をしっかり伸ばして眠れたのでだいぶ調子がいいがまだ寝ていたくもあった。
その時点ですでにさんざんうたた寝を楽しんでいた後でもあるのだが。
テントを出て、隣のテントの人に挨拶。
初老の人で、山形からこちらまで足を伸ばしてきていたらしい。
千葉のあたりに関わりがあるらしく、そのことでエキミ氏と話に花を咲かせていた。
キャンプにきてるくせに簡易バーナーでお湯を沸かしてカップラーメンで昼食。
風情がないが、怠け者には丁度よい。
昔はいろいろとキャンプで料理を作ったものだが、それだって朝には湯をわかして茶を飲むだけだ。
10時過ぎにゆーっくりと出発。すでに他のキャンピングカーもほとんど撤収していた。

東北限定?    楽天コーヒー 
10時56分:喜多方
昼間の喜多方はすっかり観光都市と化していた。
町中を闊歩する馬車。しかも耳の出た三度笠までかぶっている。
駅前には自転車タクシーが降り、快く撮影をさせて下さった。
カメラがしょぼすぎるのが失礼なくらいに爽やかで、観光に一役かっている様がよくわかる。
喜多方の駅売店で土産物の物色をして、のんびりとした時間を過ごす。

キリンレモンブラック  丁度みえないが、三度笠を被っていた  別の馬車  爽やかな人力車の兄さん  喜多方風景印

11時49分:会津豊川
本日の撮影ポイントである、JR磐越西線・会津豊川駅付近へ行く。
ここもまた駅舎ではなく待合所のような小さなホーム。

特にどうということもないが、せっかくなのでうちもケータイカメラで撮影してみる。
撮影後、新潟方面から喜多方を通ってやってくる次の列車を待とうとするものの
1時間以上待つことになるために、なるべく西へ移動してより早く撮影ができるポイントへ向かう。



たいした距離移動はしてないものの、喜多方駅の西側で当初の予定より早く撮影ができるポイントを確保。
すでに一人、別の鉄道カメラマンが来ていた。
もっと西へ行っても良かったのだが、下手すると撮影ポイントを見つけられないまま列車とすれ違う恐れがあったので
昼食がてら無難にここに根を張ることとなった。
駅で買った初見の駅弁、喜多方ラーメン丼を食す。
物珍しさで買ったものの、具材の出来がいまいちでラーメンの味わいを再現できていないのが残念。
観光地での変わった食べ物としては十分ネタではあると思うが。
執筆時に気づいたが、この弁当は喜多の郷・道の駅でも売っていたのだろうか?
12時49分、先の撮影から丁度1時間後に西よりSLが通過していった。
これにより本日の予定分の撮影は終わり、あとは帰宅を含めた自由な時間となった。

  らーめん丼

13時25分:会津坂下(ばんげ)
田島までではあるが、時間が余ったのをいいことに、行きとは違うルートで帰りがてら
もう一つの撮影ポイントに行くこととなった。
その途中で会津坂下駅に立ち寄った。
うちは知らないのだが、なにやら有名らしい歌手の銅像が建っていた。
坂下に限らないが、会津ではいまだに丸ポストが多く目立つ。
会津坂下駅舎

13時50分:会津柳津(やないづ)道の駅
途中うっかり道を間違えながらも、道なりに方向修正を行って柳津へ。
ここは赤ベコ人形と粟が特産物。
人の背丈ほどの高さをもつ巨大な赤ベコは、その大きさながらもしっかりとあの首振りを再現していた。
粟のソフトクリームが珍しくて買ってみた。ソフトに粟が練りこまれており、さらにその上に粟の粒もかけられていた。
しかし、この時はやたらと暑かったせいもあってやたらと溶けるのが早すぎて参った。
味は割りと普通のソフトクリーム。
売店の娘がめんこいながらもやけに機械的すぎて、売り子としてどうなんだろうと思ってしまった。
ここでは無料で利用できる足湯も用意されており、しっかりと足を休ませて頂いた。
2日丸々運転を勤めるエキミ氏にとってはかなりの休息となったようだ。

巨大赤ベコ  粟ソフトクリーム 

15時6分、道の駅を出て柳津駅付近の線路へ。
学校・医者・庁舎などが集まっているから、町の中心かと思いきや位置的にはとても端。
町の機能だけが寄せ集まってそれらしくなっているものの、この様子だと反対側の町民は大変だろう。
線路の向こうに神社があるポイントでエキミ氏が撮影待機。
気になったので奥の神社へ行ってみると、石鳥居と朱塗りの木鳥居のある稲荷神社があった。
木鳥居は一つ打ち壊されたものが転がっており、やや廃れた感じのある林の神社になにか重みを与えていた。
神社から行って帰ってきてからここの線路はまたいじゃいけなかったことに気づく。
たしかに看板もあり、完全に不注意だった。畑な どもあるので普通はどうやってこちら側にきているのか気になったが、
だいぶ下の方に簡単な踏み切りが用意されていたのを後ほど確認した。

  Broken Torii  二重鳥居

柳津の南部は完全に山中で、またも携帯が圏外になってしまった。
しかもここではDocomoまで圏外なのだから驚いた。
また、国道401号線に出るまでの間の道は細く険しく、途中途中でダンプと相向かいになっては
路肩の広がっているところまでバックをすることを余儀なくされた。
喰丸というあたりでは、下り坂のヘアピンカーブ2連が3度もあり、険しい道が続いた。
道中でもう何年も前から建設中のバイパスがあったが、まだ3分の1程度しか道が出来ておらず
その道のあるなしはだいぶ差があるように思えた。

そうこうして16時45分、再び会津田島へ到着。
燃料補給を兼ねて軽い休憩。
会津ではガソリンがどこも関東よりも1Lあたり10円近く値段が高く、このへんはまだ多少ましなほうだった。
どのみち、山中で身動きがとれなくなってもしょうがないのでここで確実に帰れる分だけの補給をすませた。
駅前のスタンド以外はよくある大きな価格表示がまったくないので売る気があるのか心配だったが、
遠方から来た人でない限りはきっとみんながわかりきった価格があるのだろう。
駅舎内での土産物売り場で買った山ぶどうのソフトクリームがシャーベット状でとてもおいしかった。
行きの時にも感じたが、田島もだいぶ南北に長い町なので、栃木に入るまでにだいぶかかった。
17時前、行きと同様にケータイが圏外に。道の駅での休憩はせずに先へと進んだ。

19時7分:龍王峡
すでに薄暗くなって来た中、行きには寄らなかった龍王の社へと行って見た。
急な石段をいくつも下り、川辺(といっても水面まではまだ距離がある)にたたずむ小さな社に着いた。
時間が時間なのと、川からの冷気にあてられて厳かな、畏怖の漂う雰囲気がかもし出されていた。
石段を登って帰ろうとした時に、丁度石段を降りてきた人達がいたのだが、エキミ氏がそれにきづかずに
相手が目前まできたところで登りがけに顔を上げて大層驚いていたのが印象的。
物怪かなにかだとでも思ったのかい?(笑)
階段を上り終えて駅へと向かってみると、丁度会津方面から浅草へ向かう列車が来ていた。
浅草から4時間だか5時間だかって売りで会津の各駅でチラシがあったのが思い浮かんだ。

 

19時35分:鬼怒川
ここに来るまでに何度かケータイの電波が繋がったり途切れたりしていた。
また、栃木にはいったので関東に戻り、ローミングエリアではなくなっていた。
鬼怒川は温泉の町というよりはホテルの町(当然宿泊が目的のだ)といった感じで
駅前のタクシープールやバス駐車場がだいぶ広くとられていた。
列車もたいした路線がないものの、乗降客の数故か駅はおそろしく大きかった。
駅前の自販機にマックスコーヒーがあったのにも驚いた。



日光での神橋をこえたあたりで7-11にて休憩。
足尾の町のあたりでまたもケータイは圏外に。
群馬のほうで雷が光っているのがみえたが、群馬に入ってからはやけに雷雨がはげしかった。
前方の車が極端に速度が遅く、行きの時よりもひどく時間がかかりつつも、黒保根の道の駅にたどり着いた。
もうここまでくれば地元まではすぐそこ。
山を抜けて大間々に出たあたりでようやくケータイの圏外は解除された。
赤城の駅を横目に過ぎ、帰ってきたという気がひしひしと沸いてきた。

11時:帰宅
短い旅はその終わりを告げた。
行くまでは福島は仮にも東北、遠いとばかり思っていたが時間的にも実距離的にも実は全然遠くはなかった。
その気さえあれば(運転するのは他人任せだが)1日で往復もできる距離。
普段は篭りがちなだけに、機会があるならばこうして遠出をしていきたいものだ。

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