2022年4月10日 名草・臥竜院行き 前編

前後編に分かれています 後編
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 足利市名草にある臥竜院のエドヒガンと須花トンネルを目的に。

 一週前に行くはずでしたが寝不足と雨によってわやになっており、
 桜が散る前の晴れの日として今日は逃せないのでした。
 しかし今回も早寝ができずに起床予定は1時間半遅れ、起きてからももたついて、
 出発予定時刻は3時間も遅れました。毎度とはいえ良からず。

 行動食は用意してあったのですが、西小泉駅前のカンタ・ガーロにてお菓子と飲料を購入。
 ここに来たらなにかしら買わずにはいられません。
 近くのガラクタ屋に気に入っている西洋甲冑があるのですが、高いところにあったものが
 降ろされており、てっきり売れたかと思ってしまいました。

 線路伝いに小泉城址公園へ。
 今年も開催されなかった桜祭りですが、ひとまず今の桜の具合を見たいのと、
 再確認しておきたいお地蔵様があるので寄っておきます。
 小泉城址の黎明地蔵  城之内古墳
 黎明地蔵という、空襲被害者の慰霊のために作られその後移設されてきたものです。
 近くには城之内古墳と百庚申がありますが、そういえばまだ古墳の石室を見ていません。
 古墳は丘だけでなく、格子こそ付けられていますが空いた穴があるようです。

 小泉城址公園  小泉城の桜
 桜の具合は満開を過ぎ葉も出始めていますが、見れなくもない程度に花が残ります。
 雨の前後くらいが満開だったのでしょう。
 野鳥撮影をしている方たちが居たので真似をしてみましたが、
 レンズで捉えてはその刹那で逃げられるの繰り返し。
 どうやらここにいる鳥はツミという猛禽類のようでした。

 今回は道の間違いが多く、さっそくその始まりです。
 城址から、慣れた足利千代田線一本での足利入り移動を始めるも、
 まっすぐ行くべき十字路を曲がってしまい、初訪の地域に入りこんでしまいました。
 地図を見れば現在地はすぐ分かる程度ですが、あえてコンパスだけでそのまま移動。
 祭り灯篭
 適当に進んでいると、電柱には目印のような灯篭と奥へと続く細い道。
 神社かな?と思ってそちらへ進んでみると、次の叉路にまた灯篭とさらに奥への細い道。
 叉のうち東からは、法被かなにかを羽織った人たち数人が歩いています。
 どうやら祭りの気配が強まります。

 進んだ先の右手に神社があり、拝殿が開かれているようです。
 はためく幟と応対をする人がいて、売店かなにかのように見えました。
 せっかくなので寄って話を伺うと、毎年行われている萬燈(まんどう)祭りというものでした。
 萬燈は他所では現代字で万灯とも書かれるようです。
 本来はもっと大々的な祝い事として行われるのだそうですが、コロナ禍の影響によって
 拝殿の中での講が行われるに留まっていました。私的にはこれだけでも十分珍しい光景ですが、
 かつては社中での講というのは度々行われていたことでしょう。
 撮影許可をたずねると、ぜひ萬燈を撮っていって下さいということでした。
 神楽殿もあり、本来は奉納演舞もあるようです。
 萬燈祭の龍舞加茂神社  萬燈
 神社によってここが龍舞の休泊ということもわかり、神社を出てわずか進んだところで
 以前に立ち寄っているセブンイレブンが見えたので地図を見ずに位置把握ができました。

 参考:龍舞賀茂神社の萬燈祭

 県道256号にでて北上、東へまっすぐ向かって軌道修正しようと思ったところで
 いい感じに道が沿っている川があったので、川沿いにもう少し北上をしてから東へ向かいました。
 東にはこのへんで目印にしている観音山古墳が見えます。
 足利南西部より北を見ゆ
 北には平たい山が目立って見えます。今日の目的地はどの山だろう?
 あとで確認すると、これは両崖山と周辺のようです。名草は右奥に当たるが大気で見えず?

 足利入りできる県道128号近くまで来ましたが、狭い車道脇を走りたくなかったので
 あえて観音山のほうへ向かいました。あとで確認をすると歩行者道はあるし(忘却)、
 観音山方面へは南下によるロスも発生しています。
 途中にある野菜の無人販売所(ロッカー自販機)は健在。
 観音山の裏にあるゴミ集積所はなかなか酷く、初めて正面から見ました。
 本来予定の県道38号に合流し、北上して足利市入り。
 と思ったのですが、無人販売所あたりからすでに足利市に入っていました。

 勘違いは続き、38号北上で朝倉町に入ると思い込んでいましたがそれは隣の国道293号。
 初めて足利まで来たときもこの道を渡良瀬川まで走ったものです。
 今回は朝倉町に用はないので(ウェルシアに寄りたかったのですが必須では無し)
 このまま渡良瀬川を抜けてしまえと中橋を渡ります。
 渡良瀬橋
 中橋から見る渡良瀬橋

 織姫神社
 同じ場所から織姫神社

 中心部へ向かいがてら、たかうじ君焼きを買うつもりでしたが、
 道を渡るのに信号はなく車の往来も止まらず、先を急ぐことにしました。

 せっかくなので、以前に見逃している閻魔大王を見て雪輪長屋へ回ると決め
 ちょこちょこ曲がりながら北上をすることに。
 県道67号でもある通(とおり)の通り沿いにもえんま様の案内ポスターが貼られており、
 実質目印ともいえる劇場通りこと足利東映プラザ跡に進みます。
 閻魔様の案内ポスター  利性院の閻魔大王
 以前来たときは閻魔大王には気づきませんでしたが、知っているうえでくるとわかりやすく、
 なぜ見逃していたんだろうと思うほど。

 ついでに足利東映プラザ跡も軽く撮影。以前あった劇場の装いが無くなっています。
 2018年の映画「今夜、ロマンス劇場で」の舞台セットとして映画館入口や内部が改装されました。
 外装はしばらくそのまま残されていたのですが、ついに剥がされてしまったようです。
 ロケ地になる前の姿に戻っただけではありますが、軽い喪失感。
 「劇場通り」のアーチ看板だけはロケの時のままで、本来は「足利東映」でした。
 他の部分なども以前より若干荒廃しており、もっと活用してほしいものです。
 足利東映プラザ跡  足利東映プラザ2020年時点
 今回の状態と2020年時点の状態と。

 北仲通を少し西へ行き、昭和感漂うタバコ屋(営業は不明)と薬局跡の間の道を曲がり、
 映画「今日から俺は!!」にも出たらしい雪輪長屋の脇を北上。
 この辺での区画整理反対の手書き看板にも昭和感があります。

 雪輪郵便局の脇を通って北上。
 市役所脇の道は山沿いの用水路のある道へ繋がります。
 道の右手にはあからさまな段差があり、山と平地とを分けています。
 左手の織姫神社から前方へと連なる山は昨年燃えた両崖山であり、
 このあたりも避難したかな?なんて思っていました。
 少し進んだところでここでも幟はためく神社が。
 明石弁天休憩所  明石弁天厳島神社
 「美人の国足利」「美人辨天」とあるのが印象的な厳島神社でした。
 トイレもあったので小休憩。

 この先に学校があることを知っており、そのへんは山火事の際に
 避難指示が出ていたはずです。
 さらに先に足利コスモスという会社があって見ておきたかったのですが、
 ここまでで想定より1時間以上遅れていたことと、希望チェックポイントへ
 向かうにはもっと手前で東に向かう必要があるので無理せず針路を変えました。

 本城から利保へ向かう途中、左手住宅地の向こうに川沿いの桜並木が見えました。
 月谷から助戸へ流れる袋川かなと思い込んでいましたが、ここは旧袋川。
 戦前からすでに今の宮北町あたりで袋川と旧袋川が別にあり、
 千歳町の旧袋川もまた桜の名所になっているようです。
 後に新旧共に昭和の河川改修を受けて今の経路になった模様。

 少し先ではその用水路が90度曲がって今いる道と交差をしており、
 たわら橋という小さな橋を挟んで満開のシダレザクラが立ち並んでいました。
 たわらばしのシダレザクラ  しだれ桜さんぽ道
 この川沿いの通りでは「しだれ桜さんぽ道」というお花見イベントが行われますが、
 今年はコロナ禍の影響で開催されず。イベント時でもこれといって露店なども出ないようですが、
 臨時駐車場が用意されるようです。
 現状でも自由に見物できる道なので、近隣の人にとっては違いがなさそうですね。

 交差する通りを経由して県道40号に出てすぐの橋を渡ります。こちらこそが袋川。
 橋を降りると見知った利保のセブン、もう1つの橋の先にチェックポイントのローソン。
 このあたりは地理を覚えていて良かったです。
 名草川を越えてローソンで休憩。すでに午後、少しの食料を買っておきます。
 ここから北の名草の山へ向かうわけですが、後ろの名草川へ引き返さずに
 国道293号を北上(北東方向)しました。

 途中で左(北)へと曲がる必要があったのですが、曲がりどころを把握しておらず、
 しばらく進んでからふと気が付きます。
 周辺の風景から腰床峠へ来たとき通った足利インター付近だと。
 たしか地図上ではインター入口に沿うような側道があって北へ抜けられるのと
 左手にある山中にある編織神社へも行ってみたかったので、側道目当てに
 インター入口まで向かいました。

   足利インター前
 特徴的でよく目立つ樺崎町堤谷(つつみやつ)の仙元山(仮称)と、インター入口道路。
 山の南の子の権現には平将門伝説があり、バラバラになった体の股が飛来したそう。
 堤奴はかつて大月村だったそうですが、江戸時代に懲罰として樺崎村に引き渡されました。
 今回は遠巻きに山を見ただけなので、腰床峠へ再訪時にでもじっくり見て回りたいものです。

 インター周辺を見回すも側道は見当たらず。
 このまま目的地を腰床峠へ変更しようかとも考えましたが、
 春先の今だからこそ名草に向かうのであって、時間にロスが出ようとも
 目的を違えずに引き返すことにしました。
 あとで地図を見て知りましたが、道中にあった小さい分岐が側道に続いており、
 そこへ入っていれば道なりに北へ向かえていたのでした。

 ローソン先の名草川の橋まで戻って川を遡上することにしました。
 道としてはうねりのロスがありますが、車を気にする必要がありません。
 壊れた橋
 遡上して1本目の橋となる、コンクリと木材の複合素材の橋が目立ちます。
 しかしガタガタになっていて通行不能扱いに。
 川沿いに進むと進行方向にある学校らしき建物が目立ちます。
 それは市立北中で、わきを進んで北関東道をくぐります。
 北関あたりでは左手の一般道がもう近いのですが、まだ川沿いを保ちます。
 右手から現れたバイパスに行き当たり、川を離れて道なりに北上。
 源氏ほたるの里まで2qの看板があり、すぐに左手の旧道とも合流します。

 往路のうちに今日の第二目的であったトンネルへと向かうつもりでしたが、
 名草郵便局を過ぎ、このへん右手に消防署があったよなーと思いつつも
 実際には道沿いではなく岐路にあるそれに気づかず。
 過ぎた先の駐在所を横目に、これと勘違いしていたっけ?と思います。
 消防署の岐路がトンネルへの道であり、山向こうの飛駒への青看板も出ていたのに、
 そうとも知らず名草の奥地へと向かっていくのでした。


後編
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