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ひそやかに計画していた、利平茶屋駅跡からの赤城登山を実行に移す日が来た。
前日に来客があったことから寝る時間がずれこみ、それはそのまま起床・出発時間のずれともなった。
とはいえ深刻な遅さでもなくそのまま決行。
ダムカード目当ての高津戸ダムや、早く帰れれば帰りがけに彼岸花もと思っていた。 いまだゆっくりと変化を続けている上武大橋では、深谷側のたもとにトラスと親柱がモニュメント化していた。 |
10月13日追記 モニュメント化されたトラスは理由をもって選定されているものだった。 戦前に架けられたこの橋は戦争末期に米軍機による空襲の行きがけの機銃掃射を受けており、 その弾痕がある部分が保存会の働きかけによって残されたのだ。 先の写真で明るく見えている面に1つ、奥の柱に1つの弾痕が確認できた。 柱の弾痕については弾が貫通せずに、柱の反対側に残した膨らみまで見れた。 |
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県道途中から見る対岸。真ん中を横切るのが122号と道の駅くろほね。 右上に白く見えるのが、本日これから登りに行く道。 |
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黒い骨組みくろほね大橋。 春にはこの東にある赤い五月橋で渡河した。 |
大橋を渡れば水沼駅。
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駅手前にある踏切。 3者3様の警報灯に、遮断機も通常のものと二段折れと2種。 |
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消印自体はもっているが、今日の日の記念として水沼郵便局で風景印を貰う。 消費税の増税により押印に必要なハガキは昨日から63円に。 水沼駅から国道を南下して一つ目の信号である下田沢丁字路を曲がっていよいよ登り行く。 対岸の県道から見えていた小高い道だ。 |
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12時のチャイムが鳴る。 目の前には小さなお堂。 よもやこれまでと、ついに脚を下ろした。 あとから地図を見て知ったが、9%勾配を超えてすぐあたりなようだ。 下田沢からここまで、あまりのきつさに写真を撮る余裕が全くなかった。 |
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看板には不動明王と双体道祖伸だけが書かれているが、奥にはまた別な石塔が並んでいた。
細すぎて倒れ折れている庚申塔や、馬の姿がくっきり描かれた馬頭観音のほうが印象強い。
お堂はなんだかわからなかった。 どうやらこの手前の道にも隠れ馬頭観音があるようなので、次回(があれば)脚を止めて確認してみたい。 ヒルクライムと銘打ったタイトルだが、自分の中で意図せずここで足を下ろしてしまったことで負けであり、 ここからは先は折れた心でとりあえず目的地を目指すという形に切り替わる。 |
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旧い瓶自販機や商標ステッカーなどのある寂れたお店。 稼働しているようないないような最近の自販機も別にあった。 |
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そのお店からもう青看板が見えている。 一の鳥居跡(この時はここが跡だと思わず、方向板だと思っていた)や 近くの用水の分流だろう人工滝が目についた。 改めて、ここからが入り口!という気持ち。 一度脚を下ろしてしまっているせいで、ここに来るまでにも何度か足を下ろしている。 |
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二の鳥つりぼり。 山中に似つかわしくない商店街のぼんぼりが現れた。 近寄ってみると住居があるが、1階の戸は外れて完全に中が露出しており、 2階も破れた障子戸によってお化け屋敷感がめちゃくちゃ高い。 ストリートビューで見るとまだ戸が付いていたころが見られる。 このすぐ先に釣り堀だった売店の空き家、この手前にも空き家らしき住居があった。 二の鳥という名前の通り、二ノ鳥居は近い。 |
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「とこがため」という。 県道から少し距離はあるが、脇を流れる鳥居川周辺に砂防目的の処置が施されている。 カスリーンのためにここら東斜面が崩壊したことに由来するようだ。 完成から30年超、無事であるのはなにより。 |
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駐車場のトイレ脇あった地図。クリックで拡大。 ストリートビューで見られる2012年時点ではまだトイレがなかったようだ。 次の地図をみるとわかるが、林間広場から登山道へのルートが外に向いており これだけを見るとひどく遠回りに見えてしまう。 |
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ケーブルカーホーム。 人工物、林、苔、木漏れ日。 終わった物が見せる美しさがここにある。 |
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林に囲まれた薄暗い路線跡を進む。 疲れ切った腿には杖が欲しくなってしまい、倒木に腰かけて一休みしたり。 時々林間から見える山頂がまだはるか遠くに感じられるが、 目指すべき場所が見えているわけでもあってもうひと頑張りだと思う。 |
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床にはケーブルカーの設備らしくところどころにレール?や枕木の残骸がある。 右手に崩れた洞のようなものを見た後、その少し先に異変が。 道が、無い。 |
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ざんねん!! わたしの ぼうけんは これで おわってしまった!! なるほど、ここで途切れているので地図でも描かれているのは途中まででルート設定もないわけだ。 この時はてっきり崩落でもした結果なのかと思ったが、ここはもともと鉄橋がかかっていたところであり、 廃線に当たってそれがまるごと撤去されたところなのだ。そういえば以前、赤城山頂駅にあるパネル写真で 鉄橋にはさまれたすれ違い用の複線部分を見ていた。その端というわけである。 実際に進んだ人によると、この先にも何本か橋脚は出てくるし、複線部分を挟んで前後に橋があるので 橋によって失われた区間は結構長いようだ。 |
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あれだけ苦労した登りも、下りとなるとあっという間。
しかし下りにスピード調整が必要で、ブレーキを緩めたらどこかに突っ込んで事故るという恐れもあり
けして気楽ではなかった。道中で下りだった区間は登りになったわけだが、斜度は緩いし スピードが出すぎることはないしでそこは思っていたよりは楽に過ぎた。 県道62号に戻ったところで、行きに見かけた古びたお店のシャッターが下りているのを見た。 つまりシャッターが開いている間は営業していたのだ。 さらに下って水口屋というスーパーの自販機で休憩。戻るだけとはいえ飲料が切れていたので助かった。 |