2019年10月2日 赤城山東ヒルクライム

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 ひそやかに計画していた、利平茶屋駅跡からの赤城登山を実行に移す日が来た。 前日に来客があったことから寝る時間がずれこみ、それはそのまま起床・出発時間のずれともなった。 とはいえ深刻な遅さでもなくそのまま決行。 ダムカード目当ての高津戸ダムや、早く帰れれば帰りがけに彼岸花もと思っていた。

いまだゆっくりと変化を続けている上武大橋では、深谷側のたもとにトラスと親柱がモニュメント化していた。

10月13日追記

 モニュメント化されたトラスは理由をもって選定されているものだった。 戦前に架けられたこの橋は戦争末期に米軍機による空襲の行きがけの機銃掃射を受けており、 その弾痕がある部分が保存会の働きかけによって残されたのだ。

 先の写真で明るく見えている面に1つ、奥の柱に1つの弾痕が確認できた。
柱の弾痕については弾が貫通せずに、柱の反対側に残した膨らみまで見れた。



 北上に当たってはいつもの道中、気まぐれに少し手前で曲がってみたところ、
なんとそこには珍しく紅白の彼岸花が並んでいるではないか。
 白い花は2輪しかなかったが、群生ではなく赤い花に混じるのは珍しいそうで。
前橋の旧町村の田端にもそういう咲き方をしている所があるらしい。朝から気分が上がる。


 それからしばらく進み、笠懸・大間々を抜ける。おでんのクーポンが大量にあったので
北限のセブンイレブンで昼食用にと買っておこうとしたが、販売前で食いっぱぐれた。
行動食はたっぷり用意してあるが、基本的にお菓子のようなものばかり。
 セブンからは国道ルートと県道ルートに分かれるが、国道ルートは車が多いわりに道幅が狭く危険で、
実際バイクによる死亡事故もたびたび起きている始末。県道もいい道ではないが交通は非常に少なく、
春に一度通って勝手もわかっていることや、良い寄り道もあるので迷わずそちらを選んだ。

 
 貴船神社の手前で、春に草木湖まで行った際に見つけた旧い墓石群に立ち寄る。
春には草や蔓が刈られてすっかりきれいになったおかげで露出していたそれらだが、
この夏の間にまただいぶ隠れだしている。まずは写真にある富士講(と自分は思っている)の祠を見、
次に竹藪の中の宝暦から文政あたり(200-250年ほど昔)の仏教式の墓石を見た。
 この祠だが、春には右の写真の通り一方の屋根がすっかり転げ落ちていたのだが、
誰かが不憫に思って直したのか、今日はしっかりと笠をかぶっていた。
手前には「群巾」と書かれたかつての県道または町道を示す境界石が置かれている。
 昔はこの道のほんの少し手前の道が何度か整備されていて、墓所も含めてどこまでが
かつての通りの境界なのかはわからない。



 貴船神社で往復の安全祈願。
 休憩所?から渡良瀬北側対岸の眺め。横長の窓によるフレーム感が素敵だと思った。
 国道122号や、本宿駅の北側で山を登っていく道などが見える。


 
 貴船神社下のトンネルをくぐり、薄暗い県道を進む。路傍に転がる落石やそれを防止するネットが印象的。
みどり市から桐生市黒保根に入るところでもあり、やわらかな木漏れ日が射した看板は煌々と
ゆらめくように光って人工物のわりには幻想的だった。写真ではどうにも伝わらない。
 ここから水沼駅を目指してひた進むのだが、夏日の陽射しを遮りつつ渡良瀬川沿いに吹く風が非常に心地よく、
今日一番の心地よさのピークは早ここであったと思う。

県道途中から見る対岸。真ん中を横切るのが122号と道の駅くろほね。

右上に白く見えるのが、本日これから登りに行く道。

 
 県道を外れて水沼駅へ。ちょっと進んだら妙な看板と見事な彼岸花畑。
神山メヴ・トロン農園塾がなんだかはわからないが、ここは八木原の里という観光スポットだった。
何も知らずに通りがかったが、やはり見ごろは9月中であり終わり間際だった様子。
 前情報もなかったことと、先を急いでいたので深入りせずに後にしたが、
ここで見えていたのはほんの入り口、もっと奥があって白い花も咲いているようだ。
駐車場もあり、カメラを担いだ人らがうろうろしていた。

大橋を渡れば水沼駅。
黒い骨組みくろほね大橋。

春にはこの東にある赤い五月橋で渡河した。
駅手前にある踏切。

3者3様の警報灯に、遮断機も通常のものと二段折れと2種。


 
 水沼駅橋上より。
 ここでトイレ休憩&携行用とは別に水分補給。いい配置である。
温泉施設があるのはとてもよいが、ここまでで予定よりも1時間前後の遅れが出ており
のんびりしていられない。草木湖方面に出かけたあとなどに寄ってみたいものだ。


 消印自体はもっているが、今日の日の記念として水沼郵便局で風景印を貰う。
消費税の増税により押印に必要なハガキは昨日から63円に。


 水沼駅から国道を南下して一つ目の信号である下田沢丁字路を曲がっていよいよ登り行く。
対岸の県道から見えていた小高い道だ。

 斜度も角度も大きなカーブを右左右と曲がると拓けたところに出た。
風景的には傾斜が緩やかそうに映るが、地味ながら確実に堪えるものがある。
下のカーブのあたりから、何年か前に道が拡幅されているのでだいぶマシだが、
ダンプカーの往来が多いのでふらついてもいられない。
集落を抜けたあと、また田畑が広がる拓けた道。
 標高としてはまだ全然下にいるのだが、尾根を進んでいるような気分になるほど
周辺の高さはそう変わらない。しかし足を緩められる場所などなく登り坂は続く。
途中にスキー場の看板があり、53kmとか近いな!と錯覚を起こす。

 10%300mの標識。平地であればたあいないのかもしれないが、ここまでで脚を使っているので
この300mがだいぶきつい。抜けてしばらく、また集落に入ると次は9%220m。
さっきよりましなはずなのに、さっきよりもきつく感じる。

12時のチャイムが鳴る。
目の前には小さなお堂。
よもやこれまでと、ついに脚を下ろした。

あとから地図を見て知ったが、9%勾配を超えてすぐあたりなようだ。

下田沢からここまで、あまりのきつさに写真を撮る余裕が全くなかった。
看板には不動明王と双体道祖伸だけが書かれているが、奥にはまた別な石塔が並んでいた。 細すぎて倒れ折れている庚申塔や、馬の姿がくっきり描かれた馬頭観音のほうが印象強い。 お堂はなんだかわからなかった。

 どうやらこの手前の道にも隠れ馬頭観音があるようなので、次回(があれば)脚を止めて確認してみたい。

 ヒルクライムと銘打ったタイトルだが、自分の中で意図せずここで足を下ろしてしまったことで負けであり、 ここからは先は折れた心でとりあえず目的地を目指すという形に切り替わる。
旧い瓶自販機や商標ステッカーなどのある寂れたお店。

稼働しているようないないような最近の自販機も別にあった。
 そのお店からもう青看板が見えている。

 一の鳥居跡(この時はここが跡だと思わず、方向板だと思っていた)や 近くの用水の分流だろう人工滝が目についた。

 改めて、ここからが入り口!という気持ち。

 一度脚を下ろしてしまっているせいで、ここに来るまでにも何度か足を下ろしている。

 しばらくの間、並木道のような道をゆるゆると登る。ときに自転車を押しながら。
まだ往路ながらも全距離自走の疲れもあって、涼やかな景観とは反して地獄のような内面である。
本当のロードレーサーやヒルクライマーにとっては、わりとまっすぐで気持ちいい道かもしれない。

 林の中にところどころ住居があり、途中で郵便局の配達バイクとすれ違った。
車を使うことは大前提にしても、ここに住むというのは相当なものだと思う。
まあ、世の中にはもっと文字通りの僻地もあるのだからこれでもマシなほうかもしれないが。


 赤城山方面。真ん中が長七郎でその右が小地蔵岳か?


 渡良瀬左岸の山々。小夜戸のほうだろうか?

 エコ・プラントから浄水場のあたりはソーラーパネル群が非常に目立つ。
切り開かれているので見晴らしはよいが、あまりの人工的すぎる感じと
見えるものといっても山ばかりというわけで、高度の割にはいまいち。

 自分の中では結構進んだつもりでいても、70号の始点から目的の利平茶屋までは半分も進んでいない。
自分のいる詳細位置も、目的地までの残り距離もわからない状態というのはこれもまた精神にくる。
ところどころで、企業や公共事業者の看板などが出てくるが身近な感じがまるでない。

 ここを過ぎたあたりで突然の下りがはじまる。ゆるやかでそう高度を下げるものではないが
下がった分だけこの先も帰りにもまた登らなければならないので複雑な気持ちだ。
とはいえ今少しだけでも足を休めながら進めるのも確かなので、自転車にまたがって滑走する。

 二の鳥つりぼり。
 山中に似つかわしくない商店街のぼんぼりが現れた。

 近寄ってみると住居があるが、1階の戸は外れて完全に中が露出しており、 2階も破れた障子戸によってお化け屋敷感がめちゃくちゃ高い。
 ストリートビューで見るとまだ戸が付いていたころが見られる。
このすぐ先に釣り堀だった売店の空き家、この手前にも空き家らしき住居があった。

 二の鳥という名前の通り、二ノ鳥居は近い。


 二ノ鳥居到着。

 林の木陰によって結構雰囲気が出ている。かつての赤城参道だったわけで、
さすがに車道こそ脇を通ることになったが、この鳥居の下をくぐるのが本当なのだろう。
 鳥居の脇に置かれた供養塔には左に「あかきみち」と書かれている。
右には「〇待供養」とあったが、1文字目(棋のような字)が読めない。月待とは別か?


 標高。旧いものが打ち捨てられていたが10m違う。
 利平茶屋まではあと高度200m、赤城山頂までは約700m、近くて遠い。

 「とこがため」という。
 県道から少し距離はあるが、脇を流れる鳥居川周辺に砂防目的の処置が施されている。 カスリーンのためにここら東斜面が崩壊したことに由来するようだ。 完成から30年超、無事であるのはなにより。

 
 やや、なにか看板が見える。茶屋公園か?と思って近づくもハズレ。



 先の看板から左、右と曲がったところで今度こそ開けた駐車場が見えた。
 しっかり自転車にまたがってラストスパートで漕ぐ。


 ひとまず到着。

 
 写真左・駐車場でさえこの斜度である。  写真右・駐車場に挟まれて県道70号は続く。厳密にどの経路が70号なのかわからないが、
キャンプ地の森林公園を突っ切り、赤城山山頂記念館の駐車場からまた車道となる。


 駐車場のトイレ脇あった地図。クリックで拡大。

 ストリートビューで見られる2012年時点ではまだトイレがなかったようだ。
次の地図をみるとわかるが、林間広場から登山道へのルートが外に向いており
これだけを見るとひどく遠回りに見えてしまう。

 トイレの向かいにある地図。クリックで拡大。
 地図としてはこちらのほうがわかりやすく、移動中にも参考にした。

 自転車を公園キャンプ場の入り口に停めて、登山道に向けて歩く。 管理人さんなのか、水辺でツルハシだかスコップだかを上げ下げしている人がいたので挨拶。 上まで歩いていくにはここから1時間程度かかると言われたが、とくに止めたりはされなかった。
 登山道地図。クリックで拡大。

 ふれあい公園の手前に登山道と茶屋駅跡との分岐があった。 本来ならここから登山道へ回るのが良いのだが、路面状況により通行止めの張り紙がされていた。 なので利平茶屋駅跡に向かってみる。

 
 利平茶屋駅舎跡。休憩所の東屋の位置に駅舎があったが、建物としては別。
 二ノ鳥居から200m強ほど登ってきた。白子が唯一登場したポイント。
 自力で1000m級の高度に到達したのは初めてであるし、車などにしても1000mを超えた位置に立つのは
 一昨年以前に赤城か榛名に車で行ったとき以来だと思う。
 普段の活動範囲が2-300m圏のごくごく低山ばかりだというのを改めて思い知った。

 遊歩道地図。クリックで拡大。

 東屋の南に自然なルートであるかのように続く小さい橋があったので進んでみた。 三階の滝の名称に見覚えがあり、このまま赤城山頂に行けるものかと先の地図で確認するとここは周回するだけで上には行けないし、 その周回すらも通行止めによって遮られていた。

 駐車場トイレの向かいにあった地図によると、東屋の裏にケーブルカー跡が伸びているのがわかる。 ルートとして設定されていないのが気になったが、ここから登れるなら登ってしまえと歩を進めた。

 ケーブルカーホーム。


 人工物、林、苔、木漏れ日。


 終わった物が見せる美しさがここにある。
 林に囲まれた薄暗い路線跡を進む。

 疲れ切った腿には杖が欲しくなってしまい、倒木に腰かけて一休みしたり。

 時々林間から見える山頂がまだはるか遠くに感じられるが、 目指すべき場所が見えているわけでもあってもうひと頑張りだと思う。
 床にはケーブルカーの設備らしくところどころにレール?や枕木の残骸がある。


 右手に崩れた洞のようなものを見た後、その少し先に異変が。


 道が、無い。

ざんねん!!
わたしの ぼうけんは これで おわってしまった!!

 なるほど、ここで途切れているので地図でも描かれているのは途中まででルート設定もないわけだ。 この時はてっきり崩落でもした結果なのかと思ったが、ここはもともと鉄橋がかかっていたところであり、 廃線に当たってそれがまるごと撤去されたところなのだ。そういえば以前、赤城山頂駅にあるパネル写真で 鉄橋にはさまれたすれ違い用の複線部分を見ていた。その端というわけである。

 実際に進んだ人によると、この先にも何本か橋脚は出てくるし、複線部分を挟んで前後に橋があるので 橋によって失われた区間は結構長いようだ。

 周辺を見まわし、下に降りて渓流沿いにいけるかどうか、上に登って登山道に出れるかどうかをうかがう。
下は最悪は沢沿いに行けば三階の滝に出られるが、しかし降りたが最後ここに登って戻れる気がしない。
なので足場を選びつつ上に登ってみることにした。しかしいくらも進まないうちに斜度や落ち葉などによる
危険がはっきりしたので、安全に降りられるうちに戻ることにした。
 断崖からもう一度周囲を見渡すが、この時点で時間も体力も予定よりゴリゴリ削れていたので
意を決して今日はここで引き返すことにした。
 自転車によるヒルクライム走破の失敗に続き、赤城登山もまたここに失敗をしたのである。

 帰りがけに公園の管理人さんにまた挨拶。今日は諦めた旨を伝えると、
どうやらあの崖の下を歩いていく人は結構いるらしいし、通行止めだった登山道も
一応のため程度で言うほど危険でもなかったらしいこと、そしてなによりも
また次に挑戦してみてということを言われた。
 来月には公園は冬季閉鎖となり、今月中の再挑戦の予定はないので次があるとすれば
速くても来春ということになるだろう。ただ、この駐車場からであればいつでもいいのだが、
ここに来るまでの自走を考えるとそれが非常に気が重い。
 もう自走で来たくないという気持ちと、ヒルクライムはともかく登山部分は次こそは!という気持ちと
せめぎあっている状態を心の内に抱えることとなった。


 あれだけ苦労した登りも、下りとなるとあっという間。 しかし下りにスピード調整が必要で、ブレーキを緩めたらどこかに突っ込んで事故るという恐れもあり けして気楽ではなかった。道中で下りだった区間は登りになったわけだが、斜度は緩いし
スピードが出すぎることはないしでそこは思っていたよりは楽に過ぎた。

 県道62号に戻ったところで、行きに見かけた古びたお店のシャッターが下りているのを見た。 つまりシャッターが開いている間は営業していたのだ。

さらに下って水口屋というスーパーの自販機で休憩。戻るだけとはいえ飲料が切れていたので助かった。


 水沼に戻る下り坂の最後のカーブから、水沼の街を臨む。道の駅の上あたりでもある。
 ここまで戻る途中にも、廃自販機や石塔など小さなみどころがあり、
 行きにまったく余裕がなくスルーしてきたものをゆっくりと見ながら下ってきた。


 水沼から国道122号をそのまま降りるか、行きと同じ道で帰るか考えたが、余裕がなくなっているのと
道幅に余裕がないことから国道は諦めて元来た道で大間々まで行くことにした。
 林の中の県道には、行きにも見かけた落石がそのままの位置に残っていたので端によけておいた。
貴船神社で戻ってきた旨の参拝をして大間々へ。高津戸ダムに寄る予定だったがこの時点でちょうど16時、
ダムの公開時間が終了なので諦めることになった。本日3度目の敗北。

 大間々の街中に入り、日本一しょうゆの岡直三郎商店でしょうゆソフトを買った。
大間々に来るたびに気になっていた所で、予定では山頂カフェでもソフトを頂いておきたかったがここだけになった。
味としては確かに醤油味なのだが、塩味が強く塩キャラメルなどに近しい。
夏場や運動後の塩分摂取に向いていると思え、今日は食べるのにちょうど良い日だった。

 いつものゲーセン、いつもの食堂を経由して大間々笠懸を満足に過ごし、
すでに暗くなってしまった中をゆっくり帰った。

 今日期限のレンタル動画が控えていたのだが、視聴期限までに家に帰り着くことはできず。
予定内のタイムアタックにも失敗し、これで4度目の敗北となってしまった。
 なにひとつ達成できておらずに悔しさこそあるが、とはいえやれるだけのことはやってみたし
一日を楽しんだ気分のほうが勝っての充足感は得られた。


 いつになるかはわからないが、草木湖周辺ともどもいずれは再挑戦を計りたい。


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